内科・消化器内科・肝臓内科
脂肪肝とは②
脂肪肝の名称変更と予防・改善について
アルコールの過剰摂取、食生活の乱れ、運動不足、さらには糖尿病や肥満などの生活習慣病を背景に、肝臓に過剰な中性脂肪が蓄積した状態を「脂肪肝」と呼び、医学的には「脂肪性肝疾患」といいます。最近、この脂肪肝の概念や名称が変更されました。ここでは、その経緯を含めて脂肪性肝疾患について説明します。
1) 脂肪性肝疾患の歴史と概念
1980年、アメリカのメイヨークリニックに所属していた病理医、ルードウィッヒ博士が、アルコールを摂取していない脂肪肝患者が肝硬変に進行したことを報告しました。これを新しい疾患として認識し、「非アルコール性脂肪肝炎(Nonalcoholic Steatohepatitis, NASH)」と命名しました。当初、NASHはあまり注目されていませんでしたが、B型肝炎やC型肝炎といったウイルス性肝炎が次々に発見される中で、ウイルス性肝炎や大量飲酒がない脂肪肝でも肝硬変へ進行することが分かり、NASHが注目されるようになりました。
その後、NASHを含む「非アルコール性脂肪性肝疾患」(Nonalcoholic Fatty Liver Disease, NAFLD)が定義され、飲酒習慣の少ない(男性30g/日未満、女性20g/日未満)患者の脂肪肝を対象とし、他の肝疾患を除外した慢性肝疾患として認識されるようになりました。NAFLDの多くは無症状で進行しませんが、約20%はNASHに進行し、肝硬変や肝臓がんを引き起こす可能性があります。
NAFLDの確立は、生活習慣が肝硬変や肝臓がんに直接影響を与えることを示し、医学的に非常に重要でした。しかし、「NAFLD」や「NASH」という名称には課題もあり、議論が続いていました。
2) 名称変更の背景
- 病因の明確化: 旧名称「NAFLD」は「非アルコール性」に焦点を当てていましたが、これは肝疾患を引き起こす代謝異常など他の重要な要因を見落とすものでした。新名称「MASLD(Metabolic Dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease)」では、肥満や糖尿病、インスリン抵抗性といった代謝異常に焦点を当てています。
- 診断基準の改訂: 旧基準では、少量のアルコール摂取者がNAFLDに含まれず、明確な分類ができませんでした。MASLDは代謝異常を強調し、少量飲酒者の脂肪肝も含めることで、より適切な診断基準を提供しています。
- 理解の促進: 「非アルコール性」という表現は患者さんにとって誤解を生む可能性がありましたが、新名称は代謝異常を強調するため、患者さんにとって理解しやすくなっています。
- 偏見の解消: 「alcoholic(アルコール依存症)」「fatty(太った)」といった偏見を生む旧名称に対し、新名称はそのような誤解を減らし、正確な病因を伝えることが期待されています。
アメリカ肝臓病学会やヨーロッパ肝臓学会は議論を重ねた結果、2023年6月に従来「脂肪肝(fatty liver)」と呼ばれていた疾患を「脂肪性肝疾患(Steatotic Liver Disease, SLD)」と改称しました。また、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は、メタボリック症候群の基準の一部を満たす場合に限定して、新たに「代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(Metabolic Dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease, MASLD)」および「代謝機能障害関連脂肪性肝炎(Metabolic Dysfunction-Associated Steatohepatitis, MASH)」へ名称を変更することが決定されました。2023年9月には、日本の消化器病学会および肝臓学会も、NAFLDをMASLDに変更する旨の声明を正式に発表しています。
この名称変更は、病態の理解を深め、診断基準を適正化を図ることを目的としています。今後、MASLDという新たな病名が徐々に浸透していくと考えられます。
3) 脂肪性肝疾患の病態
脂肪性肝疾患は、脂質や糖分、炭水化物の過剰摂取、多量飲酒、2型糖尿病、肥満、メタボリックシンドロームといった複数の要因が関与しています。肝細胞に蓄積した中性脂肪が炎症を引き起こし、肝線維化や脂肪肝炎に発展します。その一部は進行して、肝硬変や肝細胞がんを引き起こすことがあります。
4) 脂肪性肝疾患の予防と治療
BMI(体重[kg] ÷ 身長[m]²)の標準は22とされていますが、日本人では23以上で生活習慣病を引き起こしやすいとされています。体重の減少は脂肪性肝疾患の改善に重要で、5%減少で脂肪肝が改善し、7%の減少では肝炎の改善が期待されます。10%以上の減量は肝線維化の改善にも効果的です。(図参照)
生活習慣改善には、食事療法とともに運動療法が重要です。有酸素運動(ウォーキング、ジョギングなど)やレジスタンス運動(筋トレ)は、どちらも効果的です。研究によると、筋肉量が多い男性には有酸素運動、筋肉量が少ない女性には筋力トレーニングが有効だとされています。
減量を試みても効果が得られない場合、薬物療法を検討します。脂肪性肝疾患の治療薬はまだ認可されていませんが、生活習慣病の治療が脂肪肝の改善に繋がる可能性があります。
脂肪性肝疾患は、生活習慣病と密接に関連し、最も多い肝疾患です。脂肪肝と診断された場合は、医療機関での評価と生活習慣の見直しが重要です。